子どもが不登校になったとき、親としては焦ります。
不安ばかりが頭をよぎって、
悪いことばかり考えます。
どうしていいかわからなくて、
良かれと思って行動していることがさらに子どもの心を傷つけてしまう。
すべてが悪循環に陥っていきます。
子どもが不登校になったときに親ができることは、ほとんどないのですが、
今思い返してみると、親ができるのは悪循環を断ち切ること、ではないかな、と思います。
子どもの不登校で、
相談したり、環境を整えたり、影であれこれ動いてみても、
結局は、本人の気持ちが前を向かない限り、前進はしません。
そして、それを強制すれば、子どもの心は離れていきます。
なので、負のループから家族が抜け出す。
それが一番、誰にとっても苦しみから脱することができる近道になる。
わたしはそう思っています。
ですので、今回は我が家が体験したことをもとに、わたしの考えを書いてみます。
悪循環を断ち切る
不登校は甘えではない、心の休息なんだ、と親がしっかり心に刻むこと
ここは大切だと思います。
親が、『不登校はみっともない』とか『恥ずかしい』という気持ちがあったり、否定的な思いを抱えていると、子どもにも伝わります。
学校へ行けなくなって一番傷ついているのは子ども自身なので、親がそういう気持ちでいると子どもはますます殻に閉じこもってしまうような気がします。
今、この子には休息が必要な時期なんだね。
そう思いながら、休むことに関して寛大な気持ちをもって接するほうが、子どもも安心できると思います。
多くの言葉はいらない、否定言葉は使わない
特に思春期の子どもだと、もともと親と会話をすることって少なくなってきていると思います。
なので親からあれこれ言われるのって、やっぱりちょっと面倒だと感じてしまうと思います。
わたし自身もそうだったので。
放っておいてほしい、でも気にかけてもらえるのは嬉しい、子どもにも複雑な気持ちがあって素直になれなかったり、話したいことはあってもどう話していいかわからなかったり…
親は子どもがそういう気持ちでいることを理解しているだけでいいのかなぁと思っています。
わたしは【挨拶をする】ことだけ心がけていました。
学校へ行けない自分を一番否定しているのは子ども自身だと思うんです。
だからこそ親は絶対に自分の子どもを否定してはいけない、というのは強く思います。
変わらぬ日常と変わらぬ生活
一番いいのは変わらない日常を送ること。
なかなか難しいとは思いますが、
明らかにテンションが高いとか、笑顔を振りまくのは逆に不自然すぎるので、
ご飯ができれば呼びに行く、なにかあれば声をかけてみる、何もないなら特になにもしない、という普通通りに接するのが子どもにとっても負担が少ないと思います。
親は自分を責めない
ここは大切です。
子ども自身が【学校へ行けない自分】を一番責めているはずなので、親は子どものことも自分のことも絶対責めないようにします。
わたしも『自分の育て方が悪かったのかもしれない』と責め続けたことがありましたが、これは本当によくないことでした。
わたしが自分を責めれば責めるほど、息子は『自分のせいでお母さんを苦しめている』とますます自分を責めるようになったからです。
不登校になるのは本人も親も決して悪くはありません。
育て方が問題なわけでもありません。
正解のない子育てに奮闘しながら頑張って育ててきたのです。
誰にだって心も体も休めたい時はあります。
もし過保護すぎたり、接し方や言葉のかけかたに何かしらの原因があったのであれば、そこからもう一度改めて見直せばすむことです。
なので過去のことをあれこれ悔やむよりも、これからのことを考えていく方が意味のあることだと思います。
子どもの変化を見逃さない
親の心の持ち方が変わってくると、悪循環を断ち切るきっかけになりますし、少しずつ変化は起きます。
時間はかかるかもしれませんが、子ども自身も『今のままではいけない』という気持ちはあるはずなので、その変化を見逃さない、というのが親の重要な役目になってくると思います。
悪循環を抜け出すと必ず変化がおこる
その変化ってどんなの?なにが起きるの?
と思われると思いますが、それは子どもによっても違います。
とてつもなく小さな変化であることも多いと思います。(見逃しそうになるくらい)
よく【見守る】という言葉が出てくるかと思いますが、【見守る】というのはただ見ているだけではダメなんですよね。
子育てでも、【見守る】だけでは子どもが危険な目にあいそうな時に防ぐことはできません。
【いつもと違う変化を見逃さない】という【見守り】です。
息子の場合は挨拶でした。
それまではわたしが「おはよう」と声をかけ続けても絶対に返事が返ってくることはありませんでした。
それがある日、「…ょ」
と聞こえたんですよね。
本当にかすかな声で。
これは、涙が出てくるくらいうれしい変化でした。
他にも聞いた話では、
自分の部屋で食事をとっていた子がダイニングで食べるようになった、とか。
食器をいきなり片付けるようになった、とか。
自分の部屋に閉じこもってばかりだったのが、
リビングで過ごすようになった、とか
本当に些細な変化から、けっこうわかりやすい変化まで、子どもによってさまざまですが、
『どうにかしなければ』という気持ちが行動によって現れてくるんだと思います。
ただ、この小さな変化で、いきなり学校へ行けるようになるか、というのはまた違います。
あせらず、小さなステップを目指す
変化があったから、といって
「明日から学校へ行けそう?」とか声をかけるとまた振り出しに戻ってしまう可能性があるので、小さなステップを踏んでいく、ということを意識していくと子どもも親がうっとおしい、と思わなくていいのかなーと感じます。
まずは夜型の生活を朝型に戻す、
食事は家族でとる、
リビングで過ごす時間を増やす、
などその子に合った目標をたててみます。
子どもが変化を見せ始めてしばらくしたら、子どもに対して、親の気持ちとして伝えるのがいいと思います。
「できれば一緒にご飯を食べたい」
「一緒に買い物にでかけたい」
子どもに~してほしい、と伝えるよりは、
親自身が~したい、と伝えた方が子ども自身も受け止めやすいです。
このとき気をつけたいのは【学校の話はしない】です。
子どもの口から出てくるまでは親は何も言わない方がいいし、態度で出すのもやめたほうがいいです。
この時期は親子関係の修復というか、親子関係を良好なものにする、信頼関係を取り戻す、ことを優先したほうがいいのかな、と思います。
選択肢を複数与える
子ども自身との会話が増えてくると自然に子どもは今後の不安なども口にしはじめると思います。
なかなか口にできなくても、心の中ではそういう不安を抱えている、というのがちらほら会話から見え始めてきます。
その時に、親は子どもにいくつかの選択肢を与えてあげると、子ども自身も考えやすくなります。
以前学びの選択肢の記事を書いていますが、
その中から、経済的な事情や、家庭の考え方を踏まえたうえで、可能ないくつかの選択肢に絞って伝えます。
- 学校へ復帰する
- 転校する
- 家で学ぶ
- 義務教育校以外の選択肢
学び方はひつとつじゃないよ。
親としては学校へ行く、行かないよりも、将来のためにも学ぶことだけはちゃんとしてほしい、ということですよね。
もちろんどこかの学校へ行ってほしい、という方もいらっしゃると思います。
それはもうそれぞれの家庭の考え方です。
我が家の場合は、
「どんな学び方をしてもいい、とにかく高校の卒業資格だけはとっておいてほしい」
「親として、人生の先輩としていえるのは、中卒では働ける場所も限られてくるし、将来やりたいことが見つかったとき、大学へ行きたいと思ったとき、高校の卒業資格は絶対にあったほうがいい」
と伝えました。
親は常にあなたの味方だと伝える
あなたの気持ちを全部は理解できないかもしれない。
何がそんなに苦しいのか理解できなくて無神経な言葉をかけるかもしれない。
だけど、親はあなたの味方で、あなたの選択した道はできる限り必ず応援する。
というような形で子どもに伝えておくといいかと思います。
年齢によっても言葉かけは変わってくると思いますが、中高生だとうざく感じない程度にシンプルに伝えておくといいのかなと思います。
ここまでくると、親はもう子どもの選択を待つだけです。
これ以上余計なことは言わないように、余計なことはしないようにします。
経済的な準備だったり、環境を整えたり、自分のことを頑張ってみたり、と子どもがいかなる選択をしても大丈夫なようにしておけばいいです。
子どもは勝手に動き始めます。
我が家でも今の学校へ行く!と決めてからは、自分で学習時間を決めて、自分で計画を立て、すべて自分で頑張っていました。
親がやっていたのは学校説明会や見学予約だったり、願書を出したり、という裏方的なことです。
そして親として、子どもの選択を受け入れる覚悟を決める、というのは一番必要かなぁと思います。
息子もE-sportsをやっていますが、
中にはプロを目指して頑張っている子もいます。
そういうのって親としては心配だと思うんですよ。
ゲームで食べていくって…どうなの?普通の会社員じゃだめなの?って思う親は多いと思います。
でも、子どもがこの道へ進む!と言ったら、親も覚悟を決めないとなかなか応援できないですよね。
どんなことでも成功するか失敗するかなんてわかりません。
親としてリスクを伝えることは時に必要だったりしますが、それでも子どもがやりたいのなら、やってみればいい。
若いうちなら失敗はいくらしたっていいと思うのです。
そこから必ず得るものはあるので。
親として、子どもの自立を応援する覚悟
覚悟を決めるとけっこう気持ちが楽になります。
あんなに悩んでいたのが信じられないくらい。
親が楽になると子どもも変わってくるというか、子ども自身も楽になります。(息子も好きなことをやって、そこそこ楽しそうです)
長い人生のうち2,3年くらい不登校でもどうってことないのよー。
ロングバケーションってことで!(懐かしい…このドラマ見てた方いるかな)
人生まだまだこれから、楽しく生きればいいの!!
と思えるようになったら、たぶんもう大丈夫です。
いろんな意味で大丈夫です。
わたしもなんだかよくわからないけど、根拠もなく大丈夫と思えているので。
いやはや、わたし自身も、子どもの頃も今も、親がのほほんと笑顔で生活してくれてると、やっぱり安心するというか、落ち着くんですよ。
ピリピリしてたら会いたくないけれど、
「あなた子育て頑張ってんだから、たまにはおいしいもの食べなさいよー」
と、会えばおいしものを食べに連れていってくれるので、
ほっと一息つけます。
いくつになってもそうなので、
子どもにとって親という存在は本当に大きいと感じます。
やっぱり子どもにとって親はでーんと構えててほしいし、
何があっても
「大丈夫大丈夫ー!!」
とおおらかに言ってもらえると、大丈夫じゃなくても大丈夫だと思えてしまうから不思議なんですよね。
最後に
わたしは不登校の解決、というのがどういうことか、というのはそれぞれの家庭によって違ってくると思います。
学校へ戻ることが解決なのか、それとも転校することか、他の道を選ぶことか。
わたしが息子の不登校を経験して思ったのは、
最終的に、この子は自立して社会で生きていかなければならない。
ということです。
学校へ戻る戻らない、というのは大した問題ではないです。
大切なのは、社会の一員として自立して生きていくこと。
学校へ戻るかどうか、というのは通過点にすぎない、ということなんですよね。
なので、わたしが優先させたのは、息子を学校へ戻す、ということではなく、
生きていく力を身につけさせることでした。
それが息子が一歩を踏み出すきっかけにもなったのかどうかは、息子にしかわからないことですが(^_^;)
我が家の状況をもとに、わたしの考えを書いてみましたが、
これが正解、というわけではないと思いますし、
家庭によってさまざまな考え方があるかと思います。
不登校という悪循環の中で悩んでいる方の少しでもお役に立てれば幸いです。