ついに!ギフテッドの子どもたちへの支援を文科省が検討し始めた!というニュースを読みました。
あくまで、検討…なんですね。子どもたちの成長は待ってくれないんですが。それでも大きな一歩なのではないでしょうか。
ギフテッドってなんぞや?と思われる方はギフテッドについて詳しく説明してあるサイトがたくさんありますので、そちらを参考にしてみてください。
簡単にいえば、平均よりも優れた能力をもつ人たちです。発達しょうがいと合わせもつ2Eと呼ばれる子どももいます。
アメリカはじめ、欧米の地域ではギフテッド教育が進んでいます。
国によってギフテッドの診断基準が違ったり、IQだけで判断することなどには問題もあるようですが、それでも、日本は飛びぬけた能力をもつ子どもたちへの支援がなさすぎです。
現在だと、渋谷区でギフテッド教育の取り組みがはじまりました。
また異才発掘プロジェクト ROCKETも有名ですね。
→(2021年11月追記)2021年6月より
というプロジェクトにパワーアップしています。
わたしも親としてパル登録していますので、イベント情報のメールが届きます。
息子はもう新しい道を進み始めたので、こちらを利用させていただくことはないかもしれませんが、娘のために登録は残してあります。
わたしがギフテッドという言葉を知ったのは息子が不登校になってからです。
発達障害やらHSCやらいろいろ調べているうちにギフテッドという言葉を知りました。
息子がギフテッドというわけではないんですが、小学2年生の頃、心理の先生に6年生くらいの思考回路をしている、と言われたことがありました。
HSCは非HSCよりも深く処理する能力が高いので、今では息子はHSCゆえの特性かな、と思っています。
さてギフテッドについて調べていくうちに、わたしは小学校の頃の同級生のことを思い出しました。
その子をカナメくんと呼ぶことにします。
カナメくんはものすごく頭がよかったんですね。そしてとても変わりものでした。
運動はあまりできなくて、幼いころはよく笑い者にされて、ひどいイジメ、とまではいかないけれど、なんとなくみんなから嫌がられていたような気がします。
けれども、カナメくんは理科や算数の時間になるとまるで別人のように、先生に対してもバンバン発言していくんです。先生が困り果てるくらい。
時には先生の間違いを指摘して、逆に怒られてしまうこともありました。
学年が上がっていくうちに、彼が頭がいいのをみんなも認めていき、運動ができないからといってバカにするような子も減っていったように思います。
ただ、カナメくんはひとりで本を読んで過ごしていることが多かったと思います。
特に嫌われていたわけでもないし、グループワークになると一緒に参加して他の男の子たちとも会話をしていたと思うのですが、自ら進んでグループの輪に入っていくようなことはなかったと思います。
わたしは、算数でわからないところがあると必ずカナメくんに聞きにいきました。子どもながらに、彼が博識であることを尊敬していたんですよね。
難しい問題でもわかりやすく説明してくれるので、正直、先生よりもわかりやすかったんです。
クラスメートということで気軽に聞けた、ということもあったかもしれません。
彼とはいろんな話をしたように思うのですが、その辺はもうあまり覚えていません。
ひとつだけよく覚えているのは宿泊学習のとき、
天体観測をして、宇宙の話をしたことがありました。
そしてそこで『宇宙人はいるかいないか』というディベートをすることになったんです。
わたしは宇宙人はいると思う。というグループに入りました。
カナメくんがたまたまわたしの隣に座っていたので、「どうするの?」と聞いたら、どっちでもいいけど、『宇宙人がいる』グループの人数があまりにも少なかったので、「じゃあ、いると思う、でいいよ」とそのままわたしたちのグループに入ってくれました。
それでも『宇宙人はいる』グループの人数があまりにも少なかったので、天体観測施設の研究者の先生も仲間に入ってくれることになりました。
人数差は圧倒的だったのですが、『宇宙人はいる』グループの方の意見があまりにももっともらしくて、完全に『宇宙人はいない』グループは何も言えない状態になってしまいました。
それはカナメくんの話があまりにもすごかったからなんです。
途中で研究者の先生は『宇宙人はいない』グループにまわり、カナメくんと先生の1対1の白熱の討論になったのは言うまでもありません。
それを見ながら、やっぱりカナメくんはすごいなぁと思ったのをよく覚えています。
確かに彼は変わり者だったけれど、いじめの対象になっていたわけではありません。
高学年の頃は誰からも一目置かれていた存在で、だからといってみんなと仲良くするタイプではなく、ある意味孤高の存在というような感じでした。
その後、彼は田舎の学校(ほぼ全員地元公立中進学)では珍しく私立の中高一貫校(かなり有名)に合格して、進学しました。
彼はきっとギフテッドだったんだろうな、と思います。
彼の頭の中にはきっとわたしたちとはまったく違う世界が広がっていて、わたしたちとは違う世界を見ていたんじゃないかなぁ、と思います。
彼はさぞ小学校の授業がつまらなかったことでしょう。
ずっと難しい本ばかり読んでいたのは、周囲の子どもたちとの会話があまりにも合わなかったからではないでしょうか。
彼のような子は、アメリカにいれば飛び級でもしてさっさと大学生になれたかもしれません。
今の日本はすべての子どもたちが均等に教育を受けられます。
それはとてもすばらしいことです。
発達障がいやグレーゾーンの子どもたちの支援も進んできました。
けれども能力が飛びぬけている子どもたちはどうでしょうか?
均等であることは必ずしも平等ではありません。
日本の教室で、個々の能力にあった学習をしていくことは難しいことかもしれません。
それでも、少子化がすすむ今、コロナ禍でデジタル化が進む今、
テクノロジーの力をかりれば、決して不可能ではないと思います。
それを実践している学校もあります。
みんなと同じことが同じようにできることが素晴らしいのではなく、みんなと違っても、違いを認め合えることが当たり前の学校であってほしいです。
ちなみにHSPか?ギフテッドか?とものすごく悩んでいたときに参考した書籍を紹介しておきます。
アメリカのギフテッド教育に触れた著者がわかりやすく説明してくれている本です。
日本ではギフテッドの定義が決まっているわけでもなく、どう判断していいかもなかなか難しいかと思いますが、親としてどういう風に子育てをしていけばいいか、など多くのヒントをもらえる本です。
アメリカのギフテッド教育も今はオンラインで受けられたりもしますし、日本でも実際に受けている方もいます。
そういった情報も載っていました。
ちなみに、最近こんな本も出版されました。
わたし自身まだ読めていないのですが、読んだらまたレビューを書いてみようと思います。
もう少し!ほんとうにあと少し前進してほしいですね。